世界連邦ムーブメント2008 大会アピール及び提言 新着情報 2008.07.07









◆世界連邦・北海道 第十回大会 、世界連邦ムーブメント北海 道2008
    大 会 ア ピ ー ル 及び 提 言

日本国外務省  外務大臣 高村 正彦殿

A  世界連邦建設推進を国是とする、閣議決定の要請 
 平成17年8月2日衆議院本会議で可決した「終戦60周年にあたり、さらなる国際貢献への誓約」において「世界連邦実現への道の探究」が謳われました。
政府はこれを国是とし、国連総会やサミットなどの機会に、首相や外相が日本国民を代表して世界連邦建設推進を世界に呼び掛けることを要請いたします。
そのためには日本政府として、その外交方針を国民に明らかにする「世界連邦建設推進を国是とする、閣議決定」が是非必要です。
早い時期にその決定がなされるよう要請します。

B 提言
私たちは、世界連邦実現国会決議成立3周年を迎え、地球環境の行く末に関心の高まる「北海道洞爺湖サミット」を前にして「世界連邦実現探究世界大会」の一環として「世連ムーブメント北海道2008」に集い、公平、迅速、効果的に、核兵器、人口、
環境、テロ、地域紛争などの世界課題に対応できるため、世界連邦実現の方途を話し合いました。
地球環境の保全、気候変動の脅威をさけるため、CO2抑制への関心は全国民的に高まっています。
しかし、国々は自国の経済の都合を優先して、その調整に時を費やし、さし迫った危機に対処する政治的勇断をためらっています。その対処には、人類と各国の信頼のもとに、一刻も早く全世界的な手が打てる世界連邦機構が必要です。
21世紀のおそくとも、初めの四半世紀の間に世界法に基づく世界連邦を実現するように、国連総会やサミットで、日本国政府のリードのもとに話し合われるように提言します。
また、世界共同体の創造実現には、世界民としての自覚を育て、立場の違いを調整し、共同体を支える愛の心を培う世界共通教育の開発と実施が不可欠です。
なかんずく、簡易にして公平な世界共通言語の開発と普及は、世界共同体が、真に民主的に成り立つために欠くことのできないものと考えました。
義務教育の最も普及した日本から、この世界共通教育、世界共通言語の開発普及を始めることを提言します。

                           平成20 年 6月 27 日 
                         世界連邦・北海道 代表 荻 野 忠 則
写真あり 世界連邦実現探求世界大会のご案内 2008.05.13
写真あり 世連ムーブメント北海道2008 開催 2008.05.13
文章のみ 世界連邦・北海道第10回総会開催 2008.05.13
文章のみ 世界連邦札幌大学研究会発足 2008.04.18
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北海道の世界連邦運動〜冷戦を経て、今。 2008.06.08
 ◆世界連邦運動は広汎な国民運動であってこそ成り立ちます。
思想的、政治的、宗教的などさまざまな立場を超えて、地域住民の総ぐるみの運動にならねばならない。それが国境を超え、人類総ぐるみの運動へ……。これが北海道に世界連邦運動の種を蒔いた人達の思いでありました。
第二次世界大戦の戦渦を体験した北海道民の間に、「世界平和」希求の願いが高まりました。
昭和30年に山部村は「世界連邦平和都市宣言」を議決し、本道における宣言第一号の栄誉を担ったのです。根室町、八雲町、砂川市、歌志内市、夕張市、赤平市、芦別市、沼田町、稚内市、倶知安町がそれに続きました。
その状況の中で、黒沢酉蔵(北海道開発審議会長)ほか7名が準備委員となり、1960(昭和35)年10月15,16日、第一回世界連邦北海道会議が開かれ、世界連邦北海道連合会が結成された。初代会長は加茂儀一(小樽商大学長)副会長 日野政史(山部村長)同 橘内末吉(夕張市長)、理事長 吉原正八郎(弁護士,『世界政府の基礎理論』昭和38の著者)でスタート。その後、毎年、世界連邦北海道会議・大会が開かれた。大会講演には湯川秀樹夫人・湯川スミや哲学者・谷川徹三などの名士が演壇に立ち、道民に感銘を与えました。
 ◆しかし、「資本主義圏(盟主・アメリカ合衆国)」対「共産主義圏(盟主・ソビエト連邦)」の対立である「冷戦」は、軍備増強や核兵器開発を促進したのです。この結果の「キューバ危機」などは、「全面核戦争」の恐怖や「世界平和の実現」が困難であるような印象をもたらしました。
「冷戦」の緊張は(1945〜89年)は長期にわたったため、「一つの世界」実現を目指す道内の世界連邦運動は衰退に傾いたのです。
 ◆平成10年、世界連邦運動協会植木光教会長らの熱心なリードと道内有志により、運動の再建を図ることになり、「北海道WFMネットワーク」として、平成11年4月1日から正式な活動が始まりました。世界連邦北海道連合会の移行吸収も成り、「5月総会、世連学習会、地方講演会、 年次大会」を開催するというレールが敷かれ、会員は増加し、本部には建設的な提言をしています。平成16年から名称を「世界連邦・北海道」に変更しました。
会員が増加した旭川グループは平成19年10月14日に世界連邦運動協会旭川支部(支部長松藤三郎,事務局長荒関和明)となった。平成の新支部誕生は全国の世界連邦運動を元気づけている。
 
世界連邦運動の歴史
日本の世界連邦運動

憲法9条への新見解 2008.06.03
※日本国憲法第9条への、世界連邦運動協会の新たな見解

◆「B前各項の実効を得るため、世界全土にわたり安全を保障しうる世界連邦機構をつくる。」を憲法第9条に付加することが、新たな見解である。

◆世界連邦建設の願いは、9条が示す文字通りの「戦争はしない」「軍はもたない」が世界に実現することにほかならない。 その意味で世界連邦運動協会は「9条実現の会」でもある。
 その願いを達成するには、世界が戦争と軍備を放棄しても安心 できる法と力が不可欠である。そのための日本の人的貢献は避 けられない。その部隊(機構)は世界平安維持の部隊であるほ かはないのではないか。その意味で協会は九条実現の過程での 「地球貢献国家を進める会」でもあるといえよう。その努力の 先にこそ、世界連邦の実現があり得る。

◆5月27日の世界連邦運動協会総会の「平成20年度の運動方針と活 動計画」の理論政策委員会で報告された「見解部分」は下記の とおりである。

「憲法平和条項への世界連邦運動協会の姿勢」
1 見解
世界連邦運動協会は世界連邦という戦争不可能な世界法治共同体の建設を目指している。それは党派や宗派の違いを超えた願いである(平成17年8月2日の国会決議)。その願いを憲法の平和条項に分りやすく表現し、全国民的な外交姿勢で進むことを期待する。
 多くの困難を抱える世界の現実を世界連邦へ導くためには、日本が現にもっている軍事力を紛争の抑止や災害の防止・救済および世界連邦建設完成までの世界平和維持に活用することと、その軍事力を世界連邦による安全保障体制ができるにつれて縮小・撤廃して、文字通り軍をもたない世界と日本を実現することとはともに不可欠である。それは現実から理想に向い、各党派が歩み寄る道筋としなければならない。
 その道筋の具体案を以下に提示する。
< 協会姿勢例案 >
日本国憲法第9条(戦争の放棄・軍備及び交戦権の否認)
@ 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求 し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇、又は武力の行使 は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄す  る。
A 前項の目的を達成するために、陸海空軍その他の戦力は、こ れを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
B前各項の実効を得るため、世界全土にわたり安全を保障しうる 世界連邦機構をつくる。

日本国憲法第9条への新見解・全文(世界連邦運動協会) 2008.06.01
◆憲法平和条項への世界連邦運動協会の姿勢
      (平成20年4月16日の執行理事会による第8次案)

1 見解
 世界連邦運動協会は世界連邦という戦争不可能な世界法治共同体の建設を目指している。それは党派や宗派の違いを超えた願いである(平成17年8月2日の国会決議)。その願いを憲法の平和条項に分りやすく表現し、全国民的な外交姿勢で進むことを期待する。
 多くの困難を抱える世界の現実を世界連邦へ導くためには、日本が現にもっている軍事力を紛争の抑止や災害の防止・救済および世界連邦建設完成までの世界平和維持に活用することと、その軍事力を世界連邦による安全保障体制ができるにつれて縮小・撤廃して、文字通り軍をもたない世界と日本を実現することとはともに不可欠である。それは現実から理想に向い、各党派が歩み寄る道筋としなければならない。
 その道筋の具体案を以下に提示する。
< 協会姿勢例案 >
第九条 (戦争の放棄・軍備及び交戦権の否認)
@ 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求 し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇、又は武力の行使 は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
A 前項の目的を達成するために、陸海空軍その他の戦力は、こ れを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
B 前各項の実効を得るため、世界全土にわたり安全を保障しう る世界連邦機構をつくる。


2 資料 上記見解に至る考察

はじめに
 今や人類は月の地平に美しい天体としての地球を「かぐや」の目を通して目の当りにした。人類はその美しい星地球を共通の故郷、共通の家とし、同じいのちを頂き、運命をともにして生きている。人類がその営みの中で招いてしまった戦争の惨禍と地球温暖化の脅威をどう克服するか問われている。
 その戦争不要の世界システムのためには全世界各国の軍備の撤廃が不可欠である。それは日本国憲法第九条の世界化に他ならない。その世界化は世界連邦の建設による他はない。
 これに関わる本部の見解に対して、「本部の会報・ホームページといった公報に掲載する上で、世界連邦運動協会は護憲派だと決め付けられる事が無いように、取り上げ方に注意してください。(岡山県支部2007年8月22日理事会)」という意見が寄せられた。本部はこの意見に対する見解の検討を理論政策委員会に求めた。
 これに先立つ2001年(平成13年)5月22日の第56回総会において、会員から「現在の憲法論議の世情にあって、我が世界連邦連動協会が世論に訴えて多くの理解を得ていくためには、近づいた選挙にからんで、対立する党派の一方につき、他方を排するような印象を与えることは好ましくないのではないか。それで、この際その対立の憲法九条問題に我が世界連邦運動協会の公式見解が必要と思うがどうか」との発言があり、会長より「国が調査会を設け議論している現状と、憲法改正が近く実現する状況にないという現状にかんがみ、この会は、とりあえず戦争放棄を護りたいし、その精神の実現を全世界に訴えたいという見解に立つ」と述べ、拍手があった。この見解は、選挙にからんで改憲派護憲派の何れかにくみするような立場はとらないという、いわば消極的な面をもつと理解される。
 それは、当時のひとつの現実的な見識であった。その後も総会のたびに、どちらかにくみするものではないという立場からもう一歩現実に踏み込んで、どちらにも賛成してもらい九条を世界連邦建設につなぐ積極的な見解で運動を進めたい、という支部提案があったが、「世界連邦運動協会は九条を堅持する」という立場にとどめ今日に至った。その経過をふまえ、国民投票法が成立しいよいよ憲法改正が現実問題になりつつある国内情勢と、指導者交代などの流動的な世界情勢を考えつつ、九条の原点から考察を進め、積極的に世界連邦建設を訴える力を高めたい。
(1) 終始一貫、世界連邦を必要としてきた現憲法の平和主義
 現憲法の成立の事情には論議があるが、成立当時日本を占領統治していたマッカーサーの意向のかかわりを無視することはできない。彼は日本政府に指令して日本国憲法を成立させた事情を1946年4 月の対日理事会で次のように報告している。それは実に戦争不要世界の実現を前提とした考えであった。
「私が憲法九条を発議したのは、日本の戦力崩壊の論理的帰結であるが、国際的分野で戦争に訴える国家の主権を放棄しようということにある。アメリカも各州が戦争主権を放棄し、国家が各州の独立権を認め、その保護者となって出来たのである。
日本政府は戦争が失敗であったことを知った人民を支配しているが、九条はそれのみでなく、事実上、人類進化の一歩の前進、
すなわち世界中の戦争を防止できる法治社会に発達させねばならぬと認めたものである。文明の進歩・存続は、日本のような国が安心してその独立をまかしうるような世界秩序ができるか否かにかかっている。故に私は九条を世界全国民の考慮のために提供する。
戦争放棄は同時かつ普遍的でなければならない。それは実行によってのみ効果がある。科学の進歩故に次の戦争があれば人類は滅亡するであろう。この理事会の責任と仕事はそのようなより高い法則に歩み寄らせることである。」(マッカーサー演説要旨。時子山常三郎著『日本と世界連邦』p.340〜343より荻野が要約)   この考えは世界連邦実現の希望に他ならない。
 現憲法の前文を読んでみよう。そこには世界のあるべき崇高な理想が掲げられているが、そのような世界の実態は当時も現在もない。したがってこの前文は「崇高な理想と目的を達成できる仕組みを実現する」という日本国民の使命の宣誓と読むほかはない。
 この憲法の制定当時の憲法担当国務大臣であった法学博士金森徳次郎が、1949(昭和24)年10月の『世界国家』に「日本国憲法の前文で、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した、といっているけれども、その信頼する相手が混乱している。また同じ前文でいうところの圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会がまだ完成していない。われわれは勇敢に一大理想を実現せんとするに急であって、世界の行き方を無視し、自発的に独進を始めて、戦争放棄と戦力不保持を実現した。痛快は痛快であるが、前述のごとく、世界平和機構の裏づけのないことを考えると幻滅の感を受けざるを得ない」「われわれの行く道は、信頼しうる諸国民の公正と信義を確実につかむことと、有効に働くことのできる国際社会の実現を期するにあるのだ」と書いている。
 そのような国際社会とは世界連邦に他ならない。日本国憲法の平和主義は、成立から今まで、一貫してその世界連邦を必要としてきたのである。
 文字通りに九条を読んでみよう。
(2) 現九条の文字通りの姿
 第一項は一口で言えば「戦争はしない」、第二項は「軍はもたない」となる。軍をもたなければ戦争はしないわけであるから、九条の全体は「軍をもたない」の一語に尽きることになる。しかし、それだけで国土・国民の保全・安全に責任をもつ国の憲法と言えるのか。そんな無責任は許されまい。そう思ってよく読むと、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」という前提が目に止まる。これこそ「軍を不要とする平和な世界の仕組みを求めることによって」という世界連邦に共通する理念にほかならない。この読み方は上記のマッカーサーや金森徳次郎によっても裏付けられる。
 それゆえに「九条」の文字どおりの読みは「軍はもたない。世界連邦建設によって平安を保つ」となる。それは決して独断でも我田引水でもないのである。
 ところが世界の現実がそれを許さず、60余年も待たされたばかりか、朝鮮戦争や東西冷戦のため、とりあえず事実上「軍をもつ」ことになった。具体的には、占領当局の勧めで1950年に警察予備隊を発足させ、戦後日本の独立(1951,昭和26年9月8日)の同日に日米安全保障条約を結び、日本に米軍がとどまることになった。ついで1954年に防衛庁と自衛隊が発足した。
     < 自衛軍がある限り戦争は無くならない >
これは日本のことではない。世界中のどこの国であろうとも、自衛のためといいながら武力を持つならば、それは他国には威嚇になり、結局、戦争を無くすことはできないのである。戦争を必要とする最後の とりでは自衛戦である。自衛戦が不要になった時に戦争が無くなるのである。
 その状態にする仕組みが世界連邦である。現下の世界や日本の情勢から、これに代わる説得力ある施策は浮かんでこない。戦争が要らなくなれば武器が要らなくなる。武器の生産と流通を非合法として取り締しまることができる。世界中の武器や爆発物の生産を厳密に管理し、警察力に必要な小火器以外は絶滅できる。それによって戦争ばかりか地域紛争の殺戮の悲惨も、警察力で取り締まれる程度になるのである。
 九条の本当の姿はそのような世界の状態にすることである。
究極の自衛への願いである。それを目指す誓いである。
その実現に具体的に取りかかるという宣言が2005年8月2日の日本衆議院の国会決議であった。
(3) 世界連邦実現の可能性
 現在の国際連合体制は、各国が軍をもつことを建て前とした仕組みである。その戦争主権を世界連邦政府に委譲できれば究極の世界平和が実現できる。その委譲ができるには、すべての国と人が信頼できる世界法と、その仕組みを確実に執行できる力への信頼が不可欠である。
 その世界法の基礎になる世界連邦憲法を信頼できる形で民主的に採択できる世界議会のような機関がまず必要と世界連邦運動の先輩たちは考えた。当初は戦勝国連合の総会であった国連総会を全世界の国の加盟する総会にして、それを全世界の意志決定ができる機関に育てようと、未加盟国会議を開いてその促進を図った。その努力は実り現在は加盟国192となり、未加盟国はバチカンと台湾のみというほぼ全世界の総会になった。その総会の決定は今の国連のシステムでは安全保障理事会の承認がなければ強制力がない。しかし、その国連システムの中で、世界人道法の分野での世界法のモデルといわれる国際刑事裁判所(ICC)が成立し活動を始めている。工夫すれば世界連邦憲法の成立も夢ではない。
 世界連邦の連邦原則と補完性の原則の考え方が、これまでのウエストファリア体制の国家主権絶対と内政不干渉の壁を超えて、欧州連合(EU)が27ヵ国を統合し、アメリカ合衆国に似た共同体になろうとしている。アフリカ53ヵ国もアフリカ連合(AU)を成立させ、歴史的に複雑な問題を内蔵しながらも、EUとほとんど同様の共同体を目指して真剣に取り組んでいる。このような事実は世界連邦の成立の可能性を、誰の目にも見えるように示している。
 その上日本が国会決議で「世界連邦実現への道の探究に最大限の努力をする」と誓約したことは、世界政治の舞台で世界連邦建設事業に手がかかるところにきたことを示している。
(4)廃藩置県に学ぶ 世界平和維持部隊(機構)の必要
 尾崎行雄は「世界連邦建設は世界の廃藩置県である」として、日本の経験がこの大事業のモデルであると教えた。
1965年世界連邦建設同盟の世界連邦論文コンテストに1位入選の永田明子著『平和をいかにして保持するか 個人募集による世界警察の設置』はその教えを、具体的に詳細に解明している。
 明治政府の権力のよりどころとした法の根源は明治元年(1968年)4月6日の「五ヶ条の御誓文」にあった。その大原則の下に各藩のもつ戦争主権を放棄させ、当時の欧米の国民国家に伍する日本政府の態勢にするための廃藩置県であった。その成功のためには、各藩が武力を無くしても安全が保てる力が必要不可欠であった事情は世界連邦の場合と同様であった。廃藩置県の号令は明治4年の8月29日であったが、その前の2 月の政府の懇請により薩摩の西郷、長州の木戸、土佐の板垣が上京し、親兵の設置が決定された。彼らは直ちに帰国して改めて兵を引率して上京した。
その兵力は三藩の石高に比例して精選された計1万であった。
拠出兵ではあったが、選抜は強制的ではなく個人の自由意志がある程度認められた方式で個人募集の性格もあった。指揮はバラバラでなく西郷があたった。親兵と呼ばれたこの部隊は政府直轄軍としての誇りも高く、精鋭で一般からも権威あるものと見られた。この親兵が廃藩置県・藩兵整理の実施段階で最大の安全弁の役割を果たしたのであった。
 世界連邦建設に当たっても、このような世界の安全弁がどうしても必要である。安全弁としての部隊は、世界連邦の体制が働くようになれば任務を終え、世界警察に席を譲って解散される。
その安全弁の部隊が国連憲章の下に個人募集による国連直轄軍ができて、その任に当たることが望ましいが、国連60年の歴史から見て困難かも知れない。しかし、安全弁は是が否でも必要である。世界連邦実現の国会決議をもつ日本が先頭に立って世界平和維持部隊(機構)を世界のために提供し、その誠実な汗と意志をもって有志国を誘うことは必要で可能な方法ではないか。
 地球貢献国家日本の旗印を日本国民は誇りをもって支えるであろう。一つの地球で運命をともにして生き抜かなければならないことに気づく世界の人々はその日本に敬意を表し賛同するに違いない。
(5) 日本の平和主義完成への道
 領土獲得の戦争が容認される時代は第二次世界大戦を境に終った。帝国主義の終焉である。核兵器を使う第三次世界大戦は抑止された。大破壊を伴う攻撃はもはや誰からも支持されなくなった。大戦争の終焉である。
強大な国家の世界制覇はもちろんあり得ない。だがテロと地域紛争が残された。人間の安全保障が全世界の課題になった。
まず、テロと紛争の火の粉を消し、世界の平安を維持する警察力が必要である。その警察力には、ある一国のためでなくまた何ヵ国かの同盟のためてもない証(あかし)が必要であるから、その名称を仮に「世界平和維持部隊(機構)」と名づけてみよう。
そして、それにふさわしい編成や配置や指揮系統などの工夫をし、その世界平和維持部隊に、日本の現有の軍事力を活かすことから始めてみよう。日本が本気になればアメリカやEUを誘うことができるであろう。そのような部隊の門戸は賛同するあらゆる国に開かれる。
 世界平和維持部隊は今や世界の緊急の課題である地球温暖化に対応する大規模事業にも貢献が期待される。
 世界平和維持部隊は世界連邦が成立し信頼できる力に育つまで世界の平安を保ち、任務を終えた後は世界連邦の世界警察にその席を譲り解消する。
 以上は現有軍事力の世界への貢献の一つのシナリオであるが、いずれにしても日本がこのような積極的な貢献に使命感をもって取り組むことが日本の平和主義遂行には不可欠である。
(6) 各政党を説得し賛同される見通しの検討 
 各政党は対立点を際立たせ、自説に賛同を求めて党勢拡大を図りたいとの願望をもつ。しかし外交については、全く国論が別れて力を発揮できなければ国益を守ることも世界に貢献することもできないから、なるべく一致した国是をもたねばならないとの良識ももっている。
世界連邦実現への道の探究については、幸いに2005年の国会決議が得られている。それを基盤に世界連邦の実現を視野に入れた憲法試案に各党の主張を歩み寄らせる論理を考察してみよう。
  A 今、見られる主張  B 可能と思われる究極の考え
・自民党 
A 自衛隊(軍)の存在を明記、集団的自衛権の行使と国際貢献を明記 B 国連体制の現実では、この明記が要る。
しかし、究極には九条が世界化し、軍備なき世界になることを求め続けたい。
・民主党 
A 国連待機部隊案を検討、集団的自衛権については論議。
B どの国も一国だけでは安全たり得ない。自衛隊などで、その現実に対応するのはやむをえない。
しかし、究極には九条が世界化し、軍備なき平和にすることを求める。
・公明党 
A 国際貢献などを検討、集団的自衛権には慎重
B どの国も一国だけでは安全たり得ない。現存する自衛隊がその現実に対応するのは当然。
しかし、究極には九条が世界化し、軍備なき世界になるのを求め続けたい。
・共産党・社民党 
A 現行のまま
B 究極の目標の戦争否認と軍備なき世界平和のため、現行の条文は残す。その目標が一致するなら、現存する自衛隊の世界現実に対応する任務はやむをえない。
 以上の各党のBの考えによれば、試案に示すような「究極の目標を九条を世界に実現することにおき、そこに至る過程で地球的な貢献国家として現有軍事力を活用する」姿での妥協が可能であろう。いずれの党にとっても究極の平和という目標達成の道であり、その過程に不可欠な地球的貢献だからである。
(7) 「九条の会」など九条保持を主張する人たちを説得する見通しの検討 
九条の会はチャールズ・オーバービー(米国、1926年生まれ)が1991年3月にアメリカで「第九条の会USA」を設立し、米国での議会活動や日本をはじめ世界各国で講演したことに始まる。その日本事務局として発足したのが日本の「第九条の会」で、会長は勝守寛(1926~2004、中部大名誉教授、世界連邦運動協会執行理事)であった。勝守氏の死去に伴い、各地に支部のような会を作り「第九条の会日本ネット」ができた。その会は勝守氏が求めた世界連邦の視点が弱まり、改憲や自衛隊海外派遣に反対する傾向の強いものに変質した。
 一方、井上ひさし氏等九人「九条の会」は、2004年6月10日にアピールを発表し、主要な都市で講演会をした。
会場に溢れる盛況を呈しそれに賛同する「九条の会」が各地にできて、現在は6800前後の団体が組織されている。
地域別の会のほか分野別の会がある。それらは会の中核に某党員やその同調者がいて裏方に徹し、表舞台に著名人を立てて賛同者を増やす方式をとっている。例えば「映画人九条の会」は山田洋次監督や吉永早百合さんらが賛同呼びかけ人、「九条科学者の会」では伏見康治元日本学術会議会長等が呼びかけ人になっている。某党は2004年1月の第23 回党大会で憲法の全条項の擁護を決め「九条の会」の全面支援を通して地方の組織化を図ってきた。(世界日報、山岡尽忠、2008.3.20)
 そのような経緯があるにせよ6800もの団体がうまれるのは、九条の持つ「戦争は要らない。軍は持たない」というメッセージに虚心に惹かれるところがあるからだろう。
そのような心情を受け止めて、実は「軍は持たず、世界連邦建設で世界の平安を保つ」ことが九条の意味するところだと、理解してもらえばよいのである。
(8) 日本の「平和づくり外交」と世界平和維持機構(仮称) 
アメリカ説得の可能性
 「日本の平和づくり外交」は外務副報道官が過日のピース☆フェスタfromくらしき「地球平和フォーラム」の講演に掲げた題である。「日本の平和づくり外交」とは世界連邦国会決議をもつ日本にふさわしいモットーである。国の外交はその国の力が背景にあってこそ効果をあがる。文化力、経済力、軍事力がその背景といわれているのが現実である。軍縮志向は世界の要請であるが、平和づくり外交にも現有の軍事力を充分に活かすことは欠くことができない。その軍事力の活用は世界連邦設立の過程に必要な世界平和維持に限定されるべきである。覇権には絶対組みせず、地球貢献の奉仕に徹する軍事力として、それを平和づくり外交に活かすのである。
 日本は国会決議で「核兵器の廃絶、あらゆる戦争の回避、世界連邦実現への道の探究など、持続可能な人類共生の未来を切り開くための最大限の努力」を誓った国である。そのわが日本には非核専守を標榜する世界屈指の力をもつ自衛隊がある。これを世界連邦成立による究極の安全保障のための地球保安官の役目に投入する決意をすれば、アメリカを説得、勧誘できる可能性がある。すなわち自衛隊を「世界平和維持部隊(機構)」として投入する態勢を整え、日米同盟を一歩進めて、世界平和維持のための同盟とし、EU等の賛同国部隊も含めて現在の各地紛争の解決に当たる。
 その世界平和維持部隊(機構)の実績と信頼性が高まれば、世界連邦制による全世界の軍備撤廃の可能性が見えるようになり、結果として、アメリカの巨大な軍事費用や産業を民生に振り向けられ、強大な破壊力の兵器も無用の長物となることが見通され、かつ若者が巨大な殺戮の戦場に行かずに済むと知るならば、アメリカの世論も必ずこれに賛同するに違いない。
要は、日本の凛とした決意と実行にかかっている。
(9) まとめ  平和を創る必然の道程と日本の使命
 戦争の要らない仕組み、全世界に軍備が不要で武器が完全に管理されている世界の仕組み、それが世界連邦である。軍備が要るという最後の砦は、他の国に軍備があることだ。
攻められる可能性があるから自衛のために軍備が要るのである。それを要らなくするには、全世界の軍備を撤廃することである。それは日本国憲法第九条の戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認が全世界に実現することに他ならない。
 それは可能であろうか。可能である。というより、人類の生存にどうしても必要だから、ぜひとも実現しなければいけないのである。
戦争の悲惨があってはならないことをみんなが知っている。世界政府で効果的に手を打たなければ地球環境が危ないことは誰もが知っている。「必要は実現の母」なのである。
 今の国連秩序から、どんな手順で世界連邦秩序に移行するかは、その気になって英知を出せば必ず道は開ける。「志あれば道あり」である。
 実はその道はもう半ばまで来ている。国連総会の世界化、国家主権をこえるEUなどの実例の進展、世界法のモデルになる世界刑事裁判所の始動、日本の世界連邦平和自治体宣言の八割以上の達成、そして日本の「世界連邦実現国会決議」などがそれである。
残る道の案内に立つのは日本である。
最大の戦禍の原爆を広島・長崎にうけ、その悲惨の十字架を背負って「あやまちはくり返しません」と誓った日本には、人類の危機脱出の先頭に立つ使命がある。
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